イージー★ライダー
イージー★ライダー
  • イージー★ライダー
  • ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
  • 定価 : ¥ 2,990
  • 価格 : ¥ 1,960 ( 34%OFF )
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  • 人気 : ☆
商 品 解 説
???メキシコから麻薬を密輸して大金を得たキャプテン・アメリカとビリーは、大型オートバイを駆って旅に出た。途中、ラスベガスの留置場で酔っ払いの弁護士ジョージと知りあう。やがて3人は、共にニューオーリンズを目指す。
???名優ヘンリー・フォンダの息子ピーター・フォンダが、親友デニス・ホッパーとともに作った斬新なロードムービーだ。ベトナム戦争、人種問題など、悩める大国アメリカの姿を、若者の視点から余すところなく描ききった。
???オールロケしたラズロ・コバックスによる撮影と、同時録音によるセリフのリアルさがすばらしい。そしてステッペンウルフ、ザ・バンド、ジミ・ヘンドリックスらの名曲を使用。初めてロック音楽だけで映画音楽を構成した、画期的な作品でもある。アメリカ映画の方向を変えた秀作である。(アルジオン北村)
大型バイクはこんな風にのりましょう、 - ☆
ある特定の時代を象徴する映画としての評価はもちろんこれからも永遠不滅に最高のもの、本作が変換点となり以後の映画の方向性を変化させた映画史上の重要性(方向性の多様化をもたらした功績)もやはり永遠不滅に最高と考える、

これから初めて見る若い映画ファンが注意しなければいけないのは本作はけっして娯楽映画ではないこと、撮影はプロフェッショナルな素晴らしいもの(バイクの疾走シーンだけならアメリカの観光PR映画のようなきれいさ)だが編集や画面つくりなど素人っぽさが濃いアマチュア手作り映画の趣が濃く、「2001」や「ゴッドファーザー」のようなやはり映画史上の重要作が「大予算娯楽映画」のフォーマットから決してはみ出していないこととは好対照な作品、

つまり1970年前後の時代背景に詳しければ詳しいほど楽しめる映画です、したがって過剰な期待をもって見始めることだけは避けたほうが懸命です、

再見して改めて関心したのが行き当たりばったりの撮影を繰り返して完成した映画のような印象でありながら、実は脚本自体はかなりわかりやすく練り上げられている点、

馬の蹄鉄修理とバイクのパンク修理を同じカットにしたり(アメリカ人にとって馬とバイクは同類なのです)、実直質素に暮らすコロラドの農家の次に鼻持ちならない選民(エリート)意識と排他性に凝り固まったヒッピー・コミューンのシーンを繋げたりなどなど、わかりやすい対比を繰り返すことで主人公二人が探した「アメリカ」の実像を描写するなど見事だとおもいます、

「タクシー・ドライバー」も「ディア・ハンター」も、そして「愛と青春の旅立ち」も「アメリカン・ビューティー」も、おそらく「ジーパーズ・クリーパーズ」も「アメリカン・サイコ」でさえも本作の提示したアメリカのある断面を引用することで成立していると考えればまさに原点である映画でしょう、

再見してもっとも興味深い印象を受けたのが脇の登場人物たちが極めて異常な人格ばかりで、主人公二人がただのチンピラではあるが実にまともな人間に見えてしまうこと、脇役で例外的にまともな印象を残すのがコロラドの農家であることを考慮すれば、もし二人が無事にロサンゼルスに帰還できれば、足を洗った二人が向かうべき場所は田舎の実直な暮らしであることも暗示されているのだと考えます、

本作時点でヒッピー・コミューンの胡散臭さを正面から描いたのは実に慧眼だったともおもう、コミューンは数年後の「タクシー・ドライバー」でクラリスが行きたいと語りトラビスがあんな不潔なところ、と非難する場所なのだが、彼らコミューンの独善性は同時期の共産党主導の社会主義国家郡を髣髴とさせるし、田舎もの達の悪意に満ちた排他性と同根でもあり、両者ともに容易に暴力に転化する現実を暗示したと思えば、911以降の現在にとってもまったく古びていない問題意識をこめた未だにまったく新鮮な映画とも評価できるでしょう、
傑作 - ☆
同時期の映画との比較なんかどうでもいい。出てくるチョッパーもドラッグも古き良きアメリカなんかさらにどうでもいい。本質は自由の探求。それのみ。
あまりにあっけないラスト - ☆
アメリカン・ニューシネマの代表作として有名。1969年作。
このジャンルは「俺たちに明日はない(1967)」が口火を切ったそうだが、他にも「卒業(1967)」「明日に向って撃て(1969)」「バニシング・ポイント(1971)」などがある。

「卒業」は趣が異なるが、自由への熱望、権力への挑戦、クルマやバイクあるいは馬での疾走はよく似ている。
「俺たちに明日はない」「明日に向って撃て」「バニシング・ポイント」は途中でラストが読めるが(彼らが追いかけられる立場であることが明白に描かれているのもひとつの理由)、「イージーライダー」のラストシーンはあまりに唐突であっけないものだった。もっとも、こういう展開がアメリカン・ニューシネマの代表作と言われる所以なのだが。

デニス・ホッパーとピーター・フォンダーが出演だけでなく、制作の中心になっているのは確かに立派。
ある時代のみ輝いた作品 - ☆
名作には公開当時のみ強烈な印象を残すものと、永遠にその魅力を失わないものと二種類あると思うが、本作は前者の代表だろう。今の時点で見て、当時衝撃だったハレーション系の映像とロックミュージックはすっかり古びてしまっているし、主人公達は麻薬でラリって当てもなくバイクで彷徨うだけ。特に強烈な主張が込められているわけでもない。今となっては、ラストで主人公達を射殺する地元民の方に共感してしまう人も多いのでは。ある時代のみ輝けた傑作の典型です。今若い人が伝説の名作と真に受けて見ても、殆ど影響を受ける要素はないだろう。時代性を強烈に内包している上、時代が変わればその魅力も殆ど失われてしまう。
格好良くてやるせない「古き良きアメリカに裏切られた男たち」 - ☆
どこまでも走っていきたくなるような爽快な前半部分。麻薬の密売をして金を稼いだヒッピーたちが、最高にご機嫌な音楽にのって颯爽と走っていく。彼らが目指すのは「ここではないどこか」なんだろうな。マリファナをやって、酒をあおいで女を抱いて。彼らは最高に自由で格好良くて。見ている方では彼らに憧れずにはいられない。でも気ままに自由を謳歌していく彼らは徐々に生きられなくなっていく。

主人公キャプテン・アメリカ・背にもヘルメットにもアメリカ国旗をつけた男。自由の国だったアメリカを愛していた男。しかし彼らは自分たちが象徴していたはずの自由の国・アメリカ社会に裏切られていくんです。「皆、個人の自由は熱心に語るが、自由な奴を恐れるんだ」キャプテンアメリカが相棒ビリーに語ったように。ケネディが死んでアメリカの黄金期が過ぎて、なんだかベトナム戦争まで始めちゃって。(このころのアメリカ人はやっぱり「もうアメリカダメじゃん」と思ってたんだろうな。「アメリカン・グラフティ」なんかにもその気分がちょっと垣間見れたりするけれど。)

もともといつまでも気ままに走り続けられるはずがない。ニューシネマの持つ共通の悲劇がここにもある。「いつかは日常に戻らなければならない。しかし自分たちが戻れる日常はない。ある道は唯一つ。潔く燃え尽きること」とことん観客にカッコイイ生き様の夢を見させておきながら、最後に現実と直面させる。

こうして燃え尽きていく三人の男たち。ラストは「アメリカ・ニューシネマはやっぱりこう終わるのね…」という形です。ここがニューシネマの共通の哀しさではあるけど、同時に美学(ある意味救いですらある)なんだよね。「惨めに永らえず、潔く散っていく美学」。
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